誰でも意識できる認知症との関わり方

病院でも、関わる機会が多い認知症
現在では、65歳以上の高齢者のうち7人に1人は認知症の診断を受けているそうです。
また、認知症に進行する恐れのある、軽度認知障害(MCI)も含めると4人に一人程度であると言われています。

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認知症の現状

今後団塊世代が、高齢者となる2025年に向けてさらに数が増えてくることが予想され、認知症への理解や対応については必須であると思います。

認知症については、物忘れとの違いについて考える必要がありますが
認知症は病気
物忘れについては程度にもよりますが、健常人ならほとんどの人が経験があると思います。

物忘れに関しては、出来事の一部が抜けてしまうのに対して、認知症に関しては、出来事そのままが抜けてしまいます。
そのため、『ご飯はまだ』『ここはどこ』『物を取られた』等の訴えが出てきます。
自分の現状についての理解ができず、常に疑問を感じている状態ということです。
また、疑問やわからないことについて悩んでいるうちに、悩んでいること自体を忘れてしまい、混乱を強めてしまいます。
そのような場面にも関わらず、『ここはどこですか?』『何歳ですか、日付は?』『覚えてる?』というような質問は認知症の方にとっては、強いストレスであることが考えられると思います。
そのため、認知症に対しての関わりについては、認知症についての症状をよく理解していくことが必要です。
また、認知症はタイプ別に分類されていますが、各個人の生育歴や環境、性格等により対応が違うため、認知症をもつかたの関わりはより個別性が求められます。


認知症の関わり方について

認知症との関わりについて今日は二つ書きます。
①認知症ケアに正解なんてない
②既成概念にとらわれない

①認知症ケアに正解なんてない

認知症を持っている方との関わり方については正解はないと思っています。
その理由については、上記に書いたように、個別性が求められるからです。また、その日に良かった関わり方でも、次の日には悪かったり、それが原因で不穏になってしまったりということが多くあるからです。
もちろん、人と人との関わりなので、他者を尊重する関わり方は必須であり、認知症だから〇〇という関わり方は極力避けなければいけないと思っています。
そのため、関わり方については、『その人の話を聞く』ということが大事になってくると思います。
認知症の病期によっては、話すこともできない状態の方もいると思いますが、そういう方でも表情やしぐさ、姿勢からどんな事を訴えているのか、感じているのかを読み取ろうという姿勢が大事だと思っています。

『その人の話を聞く』とは、百パーセント理解しようという姿勢が大事だと思っています。
もちろん、他人の話を100パーセント理解することはできませんが、その姿勢を心がけることによって、得られることが多くなることは間違いないはずです。
そこから、傾聴では肯定的配慮が必要だと感じています。
肯定的配慮では、その人の発言について否定しないということだけではなく、尊重するような関わり方をするということです。人によっては、肯定も否定もしてはいけないという考え方もあるようですが、会話の中では難しいように感じるので、私は肯定的配慮を意識するようにしています。
特に、肯定の良いところは、否定しないことで相手の話を引き出すことができると感じているからです。
話を引き出すことで、その人の思いや感じていることを多面的に捉えることができるからです。

しかし、認知症の方では、話に一貫性がなく意味のないことを言っているように感じる場面も多くあるのが現状だと思います。本人としても意味のないことを言っているのかもしれませんが、その中でも思いや感じていることを伝えている可能性がある限りは、上記のような姿勢は心がけるべきだと思っています。

②既成概念にとらわれない

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この考えは、最近感じるようになったもので①にも通じるものがあるのですが、多数の意見や常識が当たり前であると押し付けないことを言っています。
たとえば、ご飯は決まった時間に食べるものだ、デザートは先に食べない、散歩は昼にするものだ、汚れたら洗濯するものだ、1日に一度は洗濯するものだ。というようなものです。
一般的に常識と思われている、規制概念は上げていったらたくさんあると思います。
ただ、規制概念は、自分の属する集団や環境によって異なることもあり、それが関わる人に押し付けになっていないかを考える必要があると思います。

例えば、『ご飯を食べない患者に時間だからとご飯を無理やり食べさせる』
『屋内だからと、帽子を被らないよう強制する』
『入浴の時間だからお風呂に入らないことを責める』 など
上記は、集団生活を送るなかでしょうがないところもありますし、表現も少し過剰に書きましたが、上記のような発言が押し付けになっていないかを考える必要があると思います。
だれしも、他人の押し付けや強制された行動には、無条件にネガティブなイメージを抱くのではないでしょうか?
それに、自分自身のこともわからなくなっている、どこにいればいいかわからない、環境の理解が不十分、である患者がいたとすれば、上記のような行動を取ることで、安心しよう、自分を守ろうとしているのかもしれまん。
もちろん上記に書いたように、集団行動の中での規則、病院のルール、他者への迷惑度等により抑制や強制が働くこともあると思いますが、これは押し付けではないか、この人にとっては正しい行動だと思ってやっているのではないかという、その人の思いを考える配慮が必要になってくると思っています。